2016年6月27日 (月)

新刊出来!

本日627日、久しぶりに白紙からプロデュースを手がけた媒体がモーターマガジン社から発売された。タイトルは「輸入車道楽 SHA LUCK」だ。

 

そもそもは、このブログの元ネタになった「輸入車中古車情報」(内外出版社刊)が、2015年早々に休刊してしまったのがコトの始まり。じつは同誌は14年暮れに僕の手を離れ、創刊以来続いてきたB5版の週刊誌スタイルからA4版のビジュアル誌の体裁にリニューアルし、誌名も変えたものの、結局部数も広告も失い、ビジネスが成り立たなくなってしまったのだ。その経緯にはいろいろと言いたい事もあるが、それをここで言っても仕方ない。

 

創刊以来ずっと育ててきた我が子のような媒体を失ったのは、想像以上にダメージが大きかった。そこで新しい版元を求めて営業を始め、乗ってくれたのがモーターマガジン社さん。とは言っても、また同じような誌面を作っても、ウェブ全盛の今の時代に売れるとは思えない。では、どんな誌面にするべきなのか。その検討だけで1年近くを要してしまった。

 

結果、目指したコンセプトは「輸入車生活実現マガジン」だった。じつはこれは「輸入車中古車情報」が当初から目指したものの、明文化されてはいなかったコンセプトにほかならない。

 

旧媒体を創刊した20数年前には、そのコンセプトで輸入中古車を買おうとする人の不安を払拭し、国産車とは違う輸入車とのつきあい方を伝えることを目指した。今度の誌面でも、底に流れる思想は同じだが、見せ方は全然違う。当時と比べると、今や輸入車はずっと身近な存在になっているし、その気になればウェブでいくらでもオーナーたちが発信する弱点やつきあい方などの情報は得られる。では、ウェブでは手に入らない、活字ならではの情報はなにか、というと、責任ある書き手による、売り手の素顔を伝える記事だと思った。

 

店頭に足を運んで売り手の肉声を聞き、その店の想いや姿勢を伝える。その泥臭い、けれどジャーナリズムの基本に忠実なやり方は、膨大な情報の中からピンポイントで欲しいクルマを瞬時に探し出せるウェブでも、いや、だからこそできないことだと考えた。同時に、パラパラとめくるうちに、それまで思ってもいなかった魅力的なクルマと出逢える、活字ならではの絵本のような楽しさも盛り込みたいと思った。たぶん、その狙いは実現できたのではないかと思う。

 

できれば本屋さんに足を運び(残念ながら実績のない本誌がコンビニに並ぶ事は当面はないと思う)、買ってもらえたら嬉しい。感想を聞かせてもらえれば、もっと嬉しい。

 

ちなみにPRを兼ねて、ウェブサイト「ロレンス」でも、記事のダイジェストを掲載している。立ち読み代わりにどうぞ。

http://lrnc.cc/_tags/sha-luck

2011年11月19日 (土)

世界的ヒットのニューミニは中古車でもお勧め

引き続き、僕の著書「国産車の予算でかしこく輸入車に乗ろう」(99年ごま書房刊)より、再録。

ミニ

1956年のスエズ危機を発端とするオイルショックで、燃費のいいクルマを作れ、という至上命令を受けて生まれたのがミニ。当時のメーカーはオースチンだったが、その後の英国自動車界のリストラでメーカーがころころ変わり、現在はローバーからリリースされている。

1ℓ、4気筒のエンジンを横置きにし、トランスミッションとデフを積み重ねることでスペースを稼ぐ、というアイデアで、最小の外寸に最大の居住空間を実現した設計者、アレック・イシゴニスは天才と呼ばれ、サーの称号を与えられるに至った。

デビューから40年という長寿車だけに、メカニズム的にはさすがに古さを隠せず、乗り味は軽トラックのようだし、性能的にも国産軽スポーツカーより遅い。あくまでもかわいさで人気を博しているというクルマだ。

とはいえ、信頼性に関しては年々改良が加えられており、とくに91年以降の燃料噴射方式のクルマなら、女性が乗るにも問題はない。もっとも、オイルのパッキンは旧式だから多少の漏れは“常識”だし、電装系や足回りの消耗品の寿命は短い。国産車に比べればひんぱんな手入れ(6カ月点検をキチンとすればまずOK)は必要だ。

中古車のタマ数も多く、地方へ行ってもシンプルなメカニズムゆえ、意外と扱える工場はみつかる。

2000年にはついに生産を終了と言われているから、最後に試しておくなら今だが、これを輸入車の代表と思うべきではない。

●2011年現在の追記
この原稿を書いたのは、BMWの手になるニューミニが登場する前のこと。02年に登場したニューミニは、オリジナルミニのイメージを巧みに取り入れ、ある種のキャラクターグッズ的な人気を得て、世界的なヒットとなった。

で、そのニューミニがまたよくできたクルマなのだ。デザインはもちろん、クオリティもプレミアムレベル。スイッチひとつを取っても凝ったデザインがなされ、持つ歓びをそそってくれるし、乗れば乗ったで長年FR一筋にやってきたBMWのFF処女作とは思えないぐらい足まわりがしゃんとしていて、ゴーカートのようと評される軽快なハンドリングと、BMWらしいスタビリティが両立されている。たんなるミニの衣を被ったキャラクターグッズではなく、ちゃんとしたプレミアムコンパクトに仕上がっているのだ。

クライスラーとの共同開発になるエンジンは、BMWの作品としてはややガサついた印象だが、ベーシックグレードでも必要十分な動力性能はあるし、MTとの組み合わせなら、欧州の小型車らしい操る歓びが味わえる。もっとも、CVTはイマイチのフィールで、この点は07年に出た現行モデルが採用するオーソドックスなATのほうがいい。エンジンもBMWが主となって開発された(こちらの共同開発先はプジョー)現行のほうがスムーズなのだが、一方でシャシーのできばえや作り込みのクオリティは先代(初代ニューミニ)のほうが好印象だ。

初代ニューミニなら、今では100万円以下から中古車が流通しているし、信頼性も古いオリジナルミニとは段違い。もっとも、程度の悪いクルマをつかまされた場合は、シンプルなオリジナルミニより修理代は高く、古いミニとは違ってだましだまし乗る楽しさもないクルマではある。

ニューミニの中古車は人気でリセールも高いから、なるべく程度のいいクルマを、それなりの価格(といっても150万円以上見れば、かなりのクルマが手に入る)で買うのがお勧めだ。ツートーンカラーが選べることもあって、高性能版のクーパー以上が人気だが、ふつうに使うなら、比較的安いベーシックグレードのワンで十分だろう。MTをカチャカチャ操るのも楽しいから、一考をお勧めする。

ちなみに、オリジナルミニも今なお専門店が多く存在する人気モデル。中古車相場もヘタするとニューミニより高価なクルマさえあるほどだ。快適性や信頼性はニューミニにおよぶべくもないが、チューニングやドレスアップを楽しみ、壊れることもふくめてクルマとのつきあいを深めるには、これはこれでアリ。トラブルシュートも進んだ今では、専門店なら比較的リーズナブルに維持できるし、店に集まるファンとの交流などの、新しい出逢いも楽しめるだろう。

2011年10月14日 (金)

日本人って、やっぱりスゴい

昨夜(10月13日) 、NHK の番組「セカイでニホンGO! 」の中で、世界一の計算速度を達成したスーパーコンピュータ、「京(けい)」が取り上げられていたのをご覧になった方も多いだろう。事業仕分けで「二番じゃダメなんですか? 」という名文句(?) が話題になったアレだ。

番組では、メーカーの開発者が数人登場して「京」を支える技術のほんの一部を披露していたが、NHK らしく、会社名は最後まで出さず、ごていねいに「京」の筐体に記されたロゴマークまで巧妙にカットしていた。なのでここで書いておくが、「京」を開発( 理化学研究所との共同開発) ・製造したのは富士通だ。じつは僕は7年ほど前から、富士通の半導体部門(「京」に使われるCPU も生産) である富士通セミコンダクターが発行する技術情報誌「FIND」の巻頭企画の取材・執筆をさせていただいており、この夏には「京」の開発エンジニアたちにも直接インタビューしたのだ。

人物インタビューを読み物に仕立てる仕事は、僕の得意分野。メインの仕事であるクルマの記事でも、いわゆる自動車評論家諸氏のような新車に乗っていいの悪いのと感想文(いわゆるインプレッション)を書くのではなく、開発エンジニアにじっくり話を聞いて苦労話やアピールポイントを読み物に仕立てる仕事が多い。もっとも、富士通さんの仕事では、ふだんは巻頭企画で芸能人や有名人、文化人などにインタビューする仕事がレギュラー。これまでスタジオジブリプロデューサーの鈴木敏夫さん(09年) や大河ドラマ「竜馬伝」の題字を書いた書家の紫舟さん(05年) 、経済評論家の森永卓郎さん(07年) を始め、多くの話題の人物をインタビューさせていただいた。最新号でも歌手・女優として知られる佐良直美さんに、犬の躾けの話をうかがっているのだが、今回はそれに加えて「京」の開発エンジニアへの取材を依頼されたのだ。

内容は「FIND」のウェブ版でご覧いただきたいが、日本を代表する企業のトップエンジニアの話を訊くと、つくづく日本って凄い国なんだなあ、といつも思う。どのエンジニアも、けっしてドヤ顔をしたりせず、自分のなした仕事について淡々と話すのだが、そのレベルの高さや気配りの深さがハンパないのだ。これは日頃多く接する自動車エンジニアもコンピュータエンジニアも同じだった。

欧米では、先日亡くなったアップルのスティーブ・ジョブス氏のようなカリスマ的なリーダーが企業やトレンドを牽引していくケースが多いが、ここ日本では、彼らのような名もなき人々がそれぞれにベストを尽くし、結果として凄い仕事をなし遂げるのがある種の文化なのだとあらためて思う。

逆に言えば、だからこそリーダーたる政治家がアテにならなくても国が傾かないわけで、それがいいのか悪いのかはビミョーな問題ではあるのだが、なんというか、日本人全体が持つ底力において、僕らはもっと胸を張っていいのだろうとは思うのだ。

震災や原発事故でてんやわんやの状況にありながら円高が進むという状況も、世界がそう思っているからなのかもしれない。ならばそれに応えてやろうじゃないか。前を向き、胸を張り、自分にできることを淡々とやり続ければ、きっと凄いことができる。エンジニアたちに取材するたびに、僕自身もそんな前向きな気持ちになれるのだ。

2011年7月14日 (木)

外資の手で甦ったジャガーの味

引き続き、僕の著書「国産車の予算でかしこく輸入車に乗ろう」(99年ごま書房刊)より、再録。

第五章 国籍・ブランド別魅力と弱点の研究

イギリス車編

90年代のクルマなら不安は少ない

今も手作りを貫く工芸品、ロールス・ロイスから、20世紀が生んだ傑作大衆車とされるミニまで、イギリスのクルマのラインアップは奥が深い。かつてはひどく信頼性が低いことでマニアにしか乗れないクルマとされていたが、一部の手作りのクルマを除けば90年代に入ってそれも改善され、品のいいインテリアやたたずまいを持つ、上質な実用品となっている。

ジャガー

“自動車界の至宝”ロールス・ロイスやベントレーは、一般には少し敷居が高すぎる。誰もが知っていて、かつその気になれば乗れる英国の高級車、ということなら、やはりジャガーが筆頭だろう。

車名の通り、猫を思わせるしなやかな乗り味や、木と革で仕立てられたインテリアの居心地のよさ、低く、長い優美な外観は、ベンツやキャデラックといった他国のライバル車にはない、英国らしさ。実際それがこのクルマの最大の売りだ。

80年代までは、電装系の耐久性が極端に低く、とくに日本のような高温多湿の風土では使いものにならなかったが、90年代に入り、日本製のエアコンを使うなど努力・研究した結果、現在ではほとんど問題のないところまで改善されている。

中古車市場でも、かつての悪いイメージのためか比較的安く、ライバルのベンツSクラスより安く手に入る。とはいっても、安心して乗るためには200万円を最低予算としたい。

ただし、販売店網はベンツほど充実しておらず、台数の少なさから取り扱った経験のある工場が少ないのがネック。正規ディーラーか、腕のいい工場が近くにあることが購入の条件だ。

●2011年現在の追記
この原稿を書いた当時は、ジャガーがフォード傘下となってほぼ10年後。主力モデルのXJシリーズが、80年代に登場したXJ40型から、外見はほぼそのままながら、フォードの手で大幅に手が入れられたX308型と呼ばれるモデルに進化した直後。中古車市場の中心は、まだまだXJ40型だった。それでも、主力モデルのXJシリーズのボンネットを開けると、かつてはやたらと壊れて立ち往生の原因になったリレー(この時代にまだリレーが使われていたこと自体が凄いが)は、カラフルな樹脂カバーのついた最新型になっており、本文にある通り日本製のエアコンが装着されるなどして、ずいぶん信頼性は上がっていた。

ただし、ハードウエアとしての出来ばえはある意味時代遅れなおかげで味がある感があった。どこかたてつけがゆるく、しかも設計が古くて重いおかげで、バネ下との相対関係でしなやかな乗り味がたまたま実現されていたような印象だったのだ。

しかし、フォードが本腰を入れた2000年代のジャガーは大きく変わる。アメリカフォードの高級車、リンカーンのシャシーを使って99年に登場したS タイプは、信頼性、走行安定性ともに劇的に向上。04年のマイナーでは内装もよき時代のジャガーの雰囲気に回帰して、乗り味もさらによくなった。

モンデオのシャシーから01年に生まれたコンパクトなX タイプは、フットワークがよすぎてジャガーらしくない感もあったが、手頃な価格と期待を裏切らない木と革のインテリアなどでジャガーを身近なものにした。

そして03年にモデルチェンジした真打ちのXJシリーズは、これぞ新世代のジャガーという出来ばえで世界を納得させた。オールアルミ製の凝ったボディは、デザインこそそれまでの低く、長い印象と異なったため当初不評だったが、乗れば見事に最先端の走りとジャガーらしい乗り味を融合させたもの。各部の立て付けや信頼性なども大フォードグループの沽券にかけて向上しており、メルセデスと真っ向勝負ができる“商品”になっていたのだ。

現在の中古車市場でも、S タイプやX タイプは数は少ないものの、100 ~200 万円程度の予算でそこそこのクルマが流通している。03年デビューのX350型と呼ばれるXJシリーズでも、200 万円の価格でかなりビシッとしたクルマが手に入る。

よき時代の80年代のモデルでも、専門店で探せば、100 ~150 万円程度でV12 エンジン搭載車まで探せる。こちらのほうが近年のモデルより維持に手間や金がかかるのは仕方ないところだが、ノウハウのある専門店なら、この原稿を書いた当時ほど苦労せず、往年のジャガーの魅力を堪能することもできるだろう。

その後も07年に美しい4 ドアクーペフォルムのXFが投入され、09年にはXJがさらに美しいスポーツセダンへとモデルチェンジ。よき時代の英国流のダンディズムやスポーツ心をモダンに表現して、いよいよジャガーネスは新時代へと突入している。これらが中古車市場に出てくるのはまだ先という感じだが、値がこなれてくれば、かなりの人気を呼びそうだ。

ただし、激動する経済状況の下、ジャガーはフォードからついに見放され、08年にインドのタタグループ傘下となった。これでジャガーも終わりだと愁う声もあるが、懇意にしているよき時代のジャガー専門店の主人は、「もともと英国の領地だったインドは、かえって英国らしさをうまく引き出してくれるのではないか」と期待していた。なるほどそういう見方もできるかもと思う。

よき時代の英国らしさを理解したインドの資本の下で、開発・生産は英国で行われ、フォード傘下時代の品質・生産管理が受け継がれるのならば、なるほどこれからのジャガーは、VW傘下のベントレーや、BMW 傘下のロールス・ロイスがどんどんドイツ車的になっていくのに対して、むしろかえっていい意味での英国車らしくなっていくのかもしれないのだ。

2011年7月 6日 (水)

ポルシェの価値は性能ではなく精度

引き続き、僕の著書「国産車の予算でかしこく輸入車に乗ろう」(99年ごま書房刊)より、再録。

第五章 国籍・ブランド別魅力と弱点の研究

ドイツ車

ポルシェ

老若男女、誰もが知っているスポーツカーの右代表、ポルシェ。フロントエンジンのオーソドックスなスポーツカー、944 や928 もあるが、やはり人気の中心は丸っこいボディの後ろに水平対向エンジンを積む911 シリーズだ。

1963年のデビュー以来、97年に水冷化されるまで、基本的な構成はまったく変わらなかったクルマだけに、中古車市場には幅広い年式・価格のクルマが流通している。

乗ってみると、いわゆるスーパーカー的な気難しさは比較的少なく、ヒューズ代わりにあえて弱く作られているクラッチ操作にさえ気をつければ、運転は難しくない。ATならそれもなくトラブルも少ないという。日常スピードなら誰もが楽しめるクルマだ。もちろん、日常を飛びこえた世界(超高速クルーズや限界コーナリング)を試そうとすれば、それなりの覚悟や技術を求められるが、それにしても、神格化されるほど難しい話ではない。

むしろ大変なのが維持そのもので、空冷エンジンでは冷却に重要な役割を果たすオイルの管理、足回りのブッシュ類の交換など、完璧な状態を保たねば価値のないクルマだけに、かかる手間と金は国産車の比ではない。なにしろ、プラグ交換のためにエンジンを下ろさねばならないクルマなのだ( 空冷の964 型まで) 。

ボディはベンツをしのぐ頑丈さだから、たとえ古くてもキチンとした状態にできるが、そのキチンとした状態を保つだけで大変なクルマ、という覚悟で臨みたい。

メンテナンスは正規ディーラー以外にも、マニアックな工場が各地にあり、それさえ確保できれば可能。

ただし、150万円でちゃんとしたポルシェを、というのは残念ながらまず無理だ。

●2011年現在の追記
この原稿を書いた当時、すでに新車の911 は水冷化されていたし、ミッドシップのボクスターも登場していたが、中古車市場の中心だったのは空冷RRの911 。部品代の高さや日本の環境では傷みやすい樹脂やゴム部品、オイル漏れのリスクなど、本当に好きでなければ維持するのは大変というのが実感だったものだ。

たとえば、バルブを動かす部分のタペットと呼ばれる部品は、早いと1万km程度でカチャカチャと音が出て性能も低下してしまい、調整が必要になった。しかもその工賃が正規ディーラーでは数十万円単位だったのだから、庶民にはちょっと勧めにくかった。

しかし2000年代に入り、ポルシェは大きく変貌している。

水冷化後の911 シリーズはモデルチェンジのたびに安定性の高い、乗りやすい操縦性となり、乗り心地も乗用車ライクになった。消耗部品もずいぶん減り、先のタペット調整ももはや不要だから、オプションで用意されるカーボンブレーキのようなバカ高い仕様を選ばない限り、空冷時代のように絶え間ないメンテナンスをしなくても、そこそこの状態が保てるようになっている。

性能を911 より抑えた水冷ミッドシップのボクスターはさらにそうで、とくにベーシックな初代2・5リッター( 後期は2・7リッター) 車なら、パワーに対するシャシーの余裕がある分、乗り心地も維持のしやすさも、かつてのポルシェとは段違いに普通になっている。

VWとの共同開発で生まれたSUV のカイエンや、4 ドアセダンのパナメーラともなれば、( 部品代や工賃は相変わらず殿様価格にしても) 本当に誰にでも乗れるクルマだ。

では、ポルシェはただの乗用車になってしまったのか、と言えば、そうではない。空冷の時代と同じように、このブランドの真骨頂は最高の素材を最高の精度で組み上げた、レーシングカーに近い完全主義の思想にある。

かつてポルシェのグループC レーシングカーには、964 などの刻印が打たれた量産車そのもののパーツがエンジンや足回りに使われていたという。通常のレーシングカーはすべてのパーツを専用設計するのが常識。そこに量産車の部品が使われているということは、量産車の精度や品質がレーシングカーレベルだということ。だからこそ高価であり、高性能なのだ。

そうした思想で作られたクルマは、正しく乗ってやらなければその真価を発揮できない。911 の運転そのものは難しくないとオリジナル原稿で述べたが、せっかくの精度やその結果としての性能を引き出すためには、精度に見合った運転操作をしてやらねばならない。でなければ宝の持ち腐れだ。

精度に見合った運転操作とは、なにも常に全開で限界に挑戦せよ、という意味ではない。曖昧さがまったくないエンジンや足回りの性能を生かして、街中を走っていても路面の状態をステアリングの手応えや挙動から感じ取り、エンジンのもっともおいしい領域を使って精密に走らせること自体を楽しんでこそ、価値があるということだ。

スポーツカーというときのスポーツとは、タイムに挑むような限界領域の話ばかりを指すわけではない。マツダがロードスターで世界に再認識させたように、自身の運転の精度を上げ、思いのままにクルマを操る、乗馬や基礎スキーと同じような意味での“スポーツ”もふくまれる。

そうしたスポーツの楽しみは、きちんと意識さえすればじつは軽自動車でも味わえるのだが、ポルシェは高い精度や技術によってそれをとことん究めて、どんな上級者にも楽しめるようにしているのだ。

加減速に伴う姿勢変化が、ステアリングの利きにどんな影響を及ぼすか、アクセルワークがコーナリングラインをどのように変えるか、ブレーキの踏み方で前後のタイヤのグリップ力がどのように変化するか。ポルシェの高い精度は、そうした情報を正確にドライバーにもたらしてくれる。そうしたクルマからのインフォメーションを感じ取るスキルの習得に悦びを感じられる知性や向上心を持つドライバーのために、ポルシェが存在するという事実には、今もまったく変わりはない。

«乗れば意外とよかったオペルと欧州フォードだが・・・