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2011年6月17日 (金)

乗れば意外とよかったオペルと欧州フォードだが・・・

引き続き、僕の著書「国産車の予算でかしこく輸入車に乗ろう」(99年ごま書房刊)より、再録。

第五章 国籍・ブランド別魅力と弱点の研究

ドイツ車

オペル
戦前からGMの欧州拠点として発達した経緯からか、ドイツ車としてはアメリカ的な実用品イメージの強いクルマを作ってきたのがオペル。とはいっても、そこはドイツ人が作り、アウトバーンを走ってきただけに、基本性能はキチンとしている。

内外のイメージは国産車に近く、特別高級ではないがソツのないまとめで、日本人にも違和感は少ない。ただし、逆にこの違和感のなさゆえに、わざわざ選ぶ理由を見つけにくいという、マーケティング上の弱点になっていたかもしれない。

中古車としては実に手頃で、93年からヤナセが販売を担当しているため、サービス面でも不安はなく、一度、輸入車を試してみようか、という人には、うってつけの選択だろう。

ただ、ヤナセが売る以前の販売実績が少ないため、とくに地方に行くと受け入れてくれる工場が少なく、結果として適切なメンテナンスができずに維持しにくい、ということはあるかもしれない。数が少ないだけに、トラブル情報なども少ないのだ。メカニズム的にはオーソドックスだし、信頼性も高いはずだから、ヤナセが近くにあるなら、という条件になってしまうかもしれない。

ドイツフォード

GMの欧州戦略の核がオペルなのに対して、フォードが自前で作った現地メーカーがドイツフォード。日本にはモンデオが導入されている(1999年現在) 。

成り立ちから言っても、製品の味つけはオペルに近く、デザインも走りもこれといったイヤ味のない、日本人にもなじみやすいもの。仕上げや質感もいい。ちなみにモンデオの生産はベルギー工場で行われている。

フォードの販売網は、リンカーンなどの高級車を中心に扱っていた近鉄モータース系と、マツダが作ったオートラマ店を前身に持つものを合わせれば全国をネットしており、購入してからの不安も少ない。

中古車としても、オペル同様地味なイメージからか手頃な価格で狙え、国産車から乗り換えて経験してみるにはいい選択となるはずだ。

●2011年現在の追記
今やオペルは日本市場から完全撤退し、フォードも現在ではアメリカンモデルメインにシフトして、欧州フォード車は風前の灯火だ。

僕はよく記事中ではオペルとフォードをドイツのトヨタと日産と表現していた。実際、欧州ではまさにそういう位置づけの大衆ブランドだが、トヨタや日産が大衆ブランドといえども作りのよさや豊富な装備を誇り、2000年代以降、走りも欧州ブランドと遜色のないレベル(コンパクトクラスではとくに)に到達した今では、日本人にとってはただのやけに高いクルマになってしまった感はある。

フォードは2000年代に入り、先鋭的なデザインや日本車に負けない質感を実現して巻き返してきたのだが、ときすでに遅しだった。オペルもキムタク主演のTVドラマでヒロインの常磐貴子がヴィータに乗ったことで一時は沸いたが、継続的な人気にはならなかった。

VWやメルセデス、BMW やアウディが、本気で日本市場を攻略すべく、日本国内での耐久信頼性実験やメンテナンス無料化などによるデータ収集で日本でも使いやすく、信頼性の高いクルマ作りに務めたのに対して、オペルやフォードはいまいち殿様商売で、大衆車のクセして日本の環境では壊れやすかった、ということもある。実際、これらは細かなセンサートラブルとかマフラーの腐り、インテリアの樹脂の割れといった、つまんないトラブルが多かったのだ。

今でも状態のいい中古車のオペルヴィータやフォードフィエスタなどに乗ってみれば、シートのよさや高速走行向きの落ち着いたハンドリング、洒落たデザインなどが堪能できるが、なにしろ売れないため、国内には中古車自体がほとんど流通していない状況だ。

安くて実用的な、冷蔵庫のようなクルマを作らせたら、今や日本は世界一。だからこそ、そうなってしまったのだが、果たして日本人もいつまでも冷蔵庫みたいなクルマばかりで満足し続けることができるのだろうか。今こそ、コンパクトでも味や個性のある、オペルやフォードのような大衆ブランドが、あって欲しい気もする。

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