« 乗れば意外とよかったオペルと欧州フォードだが・・・ | トップページ | 外資の手で甦ったジャガーの味 »

2011年7月 6日 (水)

ポルシェの価値は性能ではなく精度

引き続き、僕の著書「国産車の予算でかしこく輸入車に乗ろう」(99年ごま書房刊)より、再録。

第五章 国籍・ブランド別魅力と弱点の研究

ドイツ車

ポルシェ

老若男女、誰もが知っているスポーツカーの右代表、ポルシェ。フロントエンジンのオーソドックスなスポーツカー、944 や928 もあるが、やはり人気の中心は丸っこいボディの後ろに水平対向エンジンを積む911 シリーズだ。

1963年のデビュー以来、97年に水冷化されるまで、基本的な構成はまったく変わらなかったクルマだけに、中古車市場には幅広い年式・価格のクルマが流通している。

乗ってみると、いわゆるスーパーカー的な気難しさは比較的少なく、ヒューズ代わりにあえて弱く作られているクラッチ操作にさえ気をつければ、運転は難しくない。ATならそれもなくトラブルも少ないという。日常スピードなら誰もが楽しめるクルマだ。もちろん、日常を飛びこえた世界(超高速クルーズや限界コーナリング)を試そうとすれば、それなりの覚悟や技術を求められるが、それにしても、神格化されるほど難しい話ではない。

むしろ大変なのが維持そのもので、空冷エンジンでは冷却に重要な役割を果たすオイルの管理、足回りのブッシュ類の交換など、完璧な状態を保たねば価値のないクルマだけに、かかる手間と金は国産車の比ではない。なにしろ、プラグ交換のためにエンジンを下ろさねばならないクルマなのだ( 空冷の964 型まで) 。

ボディはベンツをしのぐ頑丈さだから、たとえ古くてもキチンとした状態にできるが、そのキチンとした状態を保つだけで大変なクルマ、という覚悟で臨みたい。

メンテナンスは正規ディーラー以外にも、マニアックな工場が各地にあり、それさえ確保できれば可能。

ただし、150万円でちゃんとしたポルシェを、というのは残念ながらまず無理だ。

●2011年現在の追記
この原稿を書いた当時、すでに新車の911 は水冷化されていたし、ミッドシップのボクスターも登場していたが、中古車市場の中心だったのは空冷RRの911 。部品代の高さや日本の環境では傷みやすい樹脂やゴム部品、オイル漏れのリスクなど、本当に好きでなければ維持するのは大変というのが実感だったものだ。

たとえば、バルブを動かす部分のタペットと呼ばれる部品は、早いと1万km程度でカチャカチャと音が出て性能も低下してしまい、調整が必要になった。しかもその工賃が正規ディーラーでは数十万円単位だったのだから、庶民にはちょっと勧めにくかった。

しかし2000年代に入り、ポルシェは大きく変貌している。

水冷化後の911 シリーズはモデルチェンジのたびに安定性の高い、乗りやすい操縦性となり、乗り心地も乗用車ライクになった。消耗部品もずいぶん減り、先のタペット調整ももはや不要だから、オプションで用意されるカーボンブレーキのようなバカ高い仕様を選ばない限り、空冷時代のように絶え間ないメンテナンスをしなくても、そこそこの状態が保てるようになっている。

性能を911 より抑えた水冷ミッドシップのボクスターはさらにそうで、とくにベーシックな初代2・5リッター( 後期は2・7リッター) 車なら、パワーに対するシャシーの余裕がある分、乗り心地も維持のしやすさも、かつてのポルシェとは段違いに普通になっている。

VWとの共同開発で生まれたSUV のカイエンや、4 ドアセダンのパナメーラともなれば、( 部品代や工賃は相変わらず殿様価格にしても) 本当に誰にでも乗れるクルマだ。

では、ポルシェはただの乗用車になってしまったのか、と言えば、そうではない。空冷の時代と同じように、このブランドの真骨頂は最高の素材を最高の精度で組み上げた、レーシングカーに近い完全主義の思想にある。

かつてポルシェのグループC レーシングカーには、964 などの刻印が打たれた量産車そのもののパーツがエンジンや足回りに使われていたという。通常のレーシングカーはすべてのパーツを専用設計するのが常識。そこに量産車の部品が使われているということは、量産車の精度や品質がレーシングカーレベルだということ。だからこそ高価であり、高性能なのだ。

そうした思想で作られたクルマは、正しく乗ってやらなければその真価を発揮できない。911 の運転そのものは難しくないとオリジナル原稿で述べたが、せっかくの精度やその結果としての性能を引き出すためには、精度に見合った運転操作をしてやらねばならない。でなければ宝の持ち腐れだ。

精度に見合った運転操作とは、なにも常に全開で限界に挑戦せよ、という意味ではない。曖昧さがまったくないエンジンや足回りの性能を生かして、街中を走っていても路面の状態をステアリングの手応えや挙動から感じ取り、エンジンのもっともおいしい領域を使って精密に走らせること自体を楽しんでこそ、価値があるということだ。

スポーツカーというときのスポーツとは、タイムに挑むような限界領域の話ばかりを指すわけではない。マツダがロードスターで世界に再認識させたように、自身の運転の精度を上げ、思いのままにクルマを操る、乗馬や基礎スキーと同じような意味での“スポーツ”もふくまれる。

そうしたスポーツの楽しみは、きちんと意識さえすればじつは軽自動車でも味わえるのだが、ポルシェは高い精度や技術によってそれをとことん究めて、どんな上級者にも楽しめるようにしているのだ。

加減速に伴う姿勢変化が、ステアリングの利きにどんな影響を及ぼすか、アクセルワークがコーナリングラインをどのように変えるか、ブレーキの踏み方で前後のタイヤのグリップ力がどのように変化するか。ポルシェの高い精度は、そうした情報を正確にドライバーにもたらしてくれる。そうしたクルマからのインフォメーションを感じ取るスキルの習得に悦びを感じられる知性や向上心を持つドライバーのために、ポルシェが存在するという事実には、今もまったく変わりはない。

« 乗れば意外とよかったオペルと欧州フォードだが・・・ | トップページ | 外資の手で甦ったジャガーの味 »

輸入中古車購入術(著書の再録)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ポルシェの価値は性能ではなく精度:

« 乗れば意外とよかったオペルと欧州フォードだが・・・ | トップページ | 外資の手で甦ったジャガーの味 »